下部消化管グループ
大腸の手術について
当科では、大腸疾患に対し積極的に腹腔鏡手術を行うようにしています。その中では「大腸がん」の手術が大半を占めています。それに加え、「炎症性腸疾患(IBD)」、「大腸憩室炎」、さらには「ハルトマンリバーサル(人工肛門を閉鎖して、離ればなれになった大腸を再建する手術)」など、通常は開腹手術となるような複雑な良性疾患も腹腔鏡手術の適応としています。また、「結腸がん」「直腸がん」の切除術には積極的にロボットを活用しています。
“患者さんにやさしい”おなかの手術:腹腔鏡手術とは?
腹腔鏡手術では、お腹の中を炭酸ガス(CO2)で膨らませて(気腹)、手術のためのスペースを確保します。おなかに小さな孔を開けて、そこからカメラや鉗子(メスやはさみのついた棒)を出し入れします。腹腔鏡という小型のカメラで手術の場所をテレビモニターに写し出して、鉗子を用いて手術を行います。
通常、胃や大腸の開腹手術では腹部を 20~30cm切開しますが、腹腔鏡手術であれば4~6cm程度の傷一ヵ所と1cm程度の傷を数ヵ所切開すれば手術を行うことができます。
日本では1990年に腹腔鏡下胆嚢摘出術が始まり、その後、手術手技と手術器機の進歩により消化器外科の様々な手術が腹腔鏡で行われるようになりました。最近30年の間に、腹腔鏡手術は爆発的に普及し、今や胃や大腸の標準的な手術となり、最近ではロボット手術の比率が高くなってきています。
腹腔鏡手術の長所
腹腔鏡手術では、おなかの壁(表面)のキズは小さく、明らかに美容上のメリットはあります。また、術後の痛みが少ないため、運動能力(歩行など)の回復が早く、腹腔鏡手術を受けた患者さんのほとんどが手術の翌日から歩くことができます。その他にも「胃・腸の動きの回復が早い」「手術中の出血が少ない」というメリットが挙げられます。
腹腔鏡手術からロボット手術へ
腹腔鏡手術では開腹手術よりも良好な視野が得られる(よく見える)ため、より精緻な手術ができると考えています。しかし、直腸の手術では狭い骨盤内(壺の中での手術をイメージしてください)での操作が要求され、どうしても鉗子の動きが制限されてしまいます。このような手術をロボット支援下で行うと、鉗子の先が自由に動くため、狭いスペースでの操作性が格段に向上します。
腹腔鏡手術を安全に行うために
腹腔鏡手術は開腹手術に比べ視野が狭く、器具の扱いなどに関して高度の技術と経験の積み重ねが必要です。私たちは、腹腔鏡手術をスムーズに行い、特有の合併症を防ぐために様々な努力をしております。特に、腹腔鏡の手術手技を定型化してスタッフの教育体制を充実させることに取り組んできました。おかげさまで、当科では最近7年間で、9名が難関である日本内視鏡外科学会の技術認定に合格しました。また、私たちは、この手術手技に慣れたスタッフによるチーム編成で腹腔鏡下手術を行い、その成績を厳密に評価しています。もちろん、患者さんが開腹手術を希望されるのであれば、その意志を尊重します。
腹腔鏡下大腸手術の成績
当科の開腹移行率(腹腔鏡手術をあきらめて開腹となる確率)は、過去8年間で3.2%です。縫合不全(腸を縫い合わせたキズがうまくくっつかないこと)など患者さんにとって大きな負担となる合併症も数%以下の発生率です。難度の高い手術(肛門近くの直腸癌の切除・吻合など)を積極的に行い、いろいろな余病(糖尿病・腎疾患・心疾患など)を抱えた患者さんやご高齢の患者さんの手術が増加しているにもかかわらず、手術に関連する死亡率は低い水準を維持しています。私たちは手術による合併症をさらに減らすよう日々努力と工夫を重ねています(図1)。
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2017年 | 2018年 | 2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 | |
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症例数 | 133 | 167 | 109 | 172 | 145 | 137 | 154 |
開腹移行(%) | 1.5 | 1.2 | 5.5 | 2.3 | 2.8 | 2.9 | 5.8 |
縫合不全(%) | 4.5 | 1.2 | 0.9 | 1.7 | 0.7 | 3.6 | 1.3 |
腸閉塞(%) | 7.5 | 2.4 | 2.8 | 2.3 | 4.8 | 5.1 | 1.9 |
手術死亡(%) | 0 | 0 | 0 | 0.6 | 0 | 0 | 0 |
大腸がんに対する治療(腹腔鏡手術とロボット手術)
私たちは「がん」の根治性を十分に意識し、腹腔鏡手術といえども、開腹手術と同程度にがん病巣と周辺リンパ節の切除を行います。技術的な難度の高い直腸・横行結腸・下行結腸の病変に対しても相当数の腹腔鏡手術を行っています。腹腔鏡手術では開腹手術よりも良好な視野が得られる(よく見える)ため、より精緻な手術ができると考えています。結腸がん・直腸がんに対してはロボット手術を標準治療とし、さらに精度の高い手術を目指しています。肛門温存手術を希望の際は一度ご相談ください。
ある程度進行した「がん」の場合は、手術の前後に薬物療法(抗がん剤など)や放射線治療を行い、癌の根治性を高めるような工夫をしています。また、肝臓や肺に転移が生じた場合でも、癌の根治あるいは長期生存を目的として、積極的に切除術を行うようにしています。
炎症性腸疾患(IBD)に対する外科治療
潰瘍性大腸炎、クローン病など炎症性腸疾患の治療では内科と外科の連携が重要です。当院では「IBDセンター」を設立し、当科と消化管内科との連携を密にして治療方針を決定しています。内科的治療が困難である場合や炎症性の病変が癌の発生母地となりそうな場合は、小腸・大腸の切除や大腸全摘等の手術治療が必要になります。また、クローン病の肛門病変に対して、外科的治療が必要になることがあります。当科では、大腸全摘や腸管の切除・再建手術をできるだけ腹腔鏡下に行うようにしています。クローン病に対する肛門病変に対しての治療も近年増加傾向です。(図2,図3)
大腸憩室に対する治療
大腸憩室というのは、一部の大腸の壁が外にふくらんで袋のような形になる病態です(図4)。治療が必要になるケースは多くないのですが、時として、そこで炎症(憩室炎)が生じて穿孔(孔があくこと)、出血や狭窄(腸が狭くなること)、が生じた場合は、手術などの治療が必要になります。大腸憩室炎に対する腹腔鏡手術は難度が高く、開腹アプローチが一般的ですが、当科では憩室炎に対し積極的にこのような低侵襲手術(患者さんに優しい手術)を行っています。(最近8年間で77例)また、比較的まれですが、憩室炎は結腸膀胱ろう(大腸と膀胱に蟻の巣のようなトンネルができて、尿に便やおならが混入する病態)に進展して治療に難渋することがあります。このような患者さんの手術も最近6年で9例の経験あり、すべて腹腔鏡手術で完治しています。
ハルトマンリバーサル(人工肛門を閉鎖して、離ればなれになった大腸を再建する手術)
大腸に孔があいて腹膜炎を起こした患者さんでは、大腸(特にS状結腸や直腸)を離断して人工肛門を造設する手術(ハルトマン手術)が行われます。腹膜炎が治まった後に人工肛門を閉鎖して、大腸をつなぎ直す手術(ハルトマンリバーサル)は腹膜炎による癒着などのため難度が高く、大きな開腹手術が必要とされていきました。当科ではそのような症例でも腹腔鏡手術を試みています。最近8年間で11例の経験があり、すべの患者さんで、腹腔鏡下に人工肛門の閉鎖と大腸のつなぎ直しに成功しています。